2012年8月9日木曜日

映画「夏の祈り」~忘れてはならない、あの日の記憶 1945/8/9 am11:02

この夏、見たい映画があります。それは、ドキュメンタリー映画『夏の祈り』(監督:坂口香津美/95分/2012年)です。 T0013272p.jpg

舞台は、長崎にある被爆高齢者のための特別養護老人ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」。ここで生活するお年寄りたちは、訪れる子どもたちに自らの被爆体験を 語り継ぐために、年に数度「被爆劇」を上演しています。この映画は、劇を上演するお年寄りたちの記録を軸に展開。約2年間におよぶ撮影は、人生の晩年を迎 えている被爆者の日々の営み、原爆によって運命を変えられたさまざまな人々の命の輝きを鮮烈に伝えます。

 東京では、渋谷のUPLINKで8/11(土)~ 連日10:30/12:30/16:30 上映。http://www.uplink.co.jp/movie/2012/544
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(「ストーリー」から)http://www.natsunoinori.com/
 原爆ホームでは、入居者(被爆高齢者)がそれぞれ被爆の記憶を忘れないように、また原爆の悲惨さを後世に伝える目的で、職員がそれぞれの利用者とともに 被爆を受けた場所に案内し、聞き取り調査を行っている。本多さんは被爆するまで過ごした児童養護施設の仲間や親代わりだったシスター、カトリック教徒が眠 る墓地を年に一度、訪れる。
 爆心地から約1キロの地点にある長崎大学の構内の一角に、多数の被爆者が眠る場所がある。米軍の手により、原爆投下直後より調査収集された急性被爆症患 者の病理標本だ。長崎大学大学院原爆後障害医療研究施設の助教授、七條和子さんは、被爆者の病理標本から「内部被爆の人体に及ぼす影響」を調べている。原 爆投下から60年以上たった今でも内部被爆により被爆者の病理標本の細胞で放射線を出し続けている事実は衝撃的だ。
 長崎大学病院の医師、長井一浩さんは、原爆ホームで主治医を務めながら、長崎大学の准教授、鈴木啓司さんとともに、被爆者の血液から造血幹細胞を取り出し、被爆により傷ついた遺伝子が人体に与える影響を研究している。・・・・

2012年8月6日月曜日

ナガサキ奇跡の少女、67年目の再会

今日(8月5日)、TBSのNEWS23クロススペシャルで、長崎原爆投下の翌日、焼死体のそばで立ちつくす少女の写真のご本人に、女優の綾瀬はるかさんがお会いして、当時の体験をお聞きする番組を見ることができました。
 私が原爆の日が近くなると毎年のようにめくってみる写真集『ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』にもその写真は掲載されています。(2005年、日本図書センター)
 当時15歳だった少女は、龍智江子さん(82歳)で現在福岡県にお住まいです。智江子さんは、8月9日の朝、母に代わって父親と出かけたために、原爆の 被害から逃れることができましたが、爆心地から約300メートルの場所にあった自宅は、跡形も無くなり、母と弟は帰らぬ人となりました。写真に写っている 黒焦げの遺体は、智江子さんのお母さんです。智江子さんが女学校の学徒動員に出た時にお母さんに買ってあげたべっ甲の髪留めがそのままだったので、母だと 分かったそうです。DSC00261.jpg
 そして、智江子さんが見ている視線の先には何があったのかが思い出されました。前の家が歯医者さんだったのですが、その裏庭の防空壕の奥に吹き飛ばされ て、一命をとりとめた7歳の少女・耐子さんを、智江子さんの父親が助け出すところを心配しながら見ていたのです。その翌日、智江子さんは父親と福岡県に移 り住みましたが、その父は体調が急変して、8か月後に亡くなられたそうです。
 耐子さんは現在も長崎市に住んでいて、智江子さんは67年ぶりの再会を果たすことができました。戦後、被爆者はすごい差別を受けていました。特に女性は結婚、出産で苦しい思いをしてきましたので、耐子さんは被爆者であることを公にはしてきませんでした。
 番組の最後に、綾瀬さんは「智江子さんや耐子さんの記憶を胸に刻み、私は祈り続けていきたい。そう思いました」と語りました。
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被爆体験を語り継いでいくこと

明日、8月6日は、ヒロシマ被爆67年の日です。
 年々被爆者の方が高齢化して、永眠されたことを聞くにつれ、被爆体験を語り継ぎ、核兵器廃絶を世界に訴え続けていくことの大切さを痛感します。
 今年、5月9日、広島県医師会長で、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部長の碓井静照さんが、お亡くなりになりました。享年74歳でした。(IPPNWについては、2010年の第19回世界大会声明「バーゼル宣言」を資料に掲載します)
 碓井さんは、8歳の時に爆心地から2.3キロメートル離れた自宅近くで閃光を浴び被爆しました。そして防空壕に運び込まれ、水を求めて息絶えていった人 たちを目の当たりにしたことが、医師を志すきっかけになりました。1998年から広島市医師会長を3期6年務め、2004年に広島県医師会長に就任。地域 医療の充実をけん引するとともに、外国に点在する被爆者の医療支援のために、北米や南米へ現地健診に赴くなど、多くの功績を残しました。また、広島市の平 和式典の平和宣言に盛り込む被爆体験談の選定委員でもありました。
 去年の広島平和宣言の抜粋を紹介しましょう。「8月6日午前8時15分に、一発の原子爆弾でそれまでの生活が根底から破壊されてしまいます。当時16歳 だった女性の言葉です。――『体重40キロの私の体は、爆風に7メートル吹き飛ばされ意識を失った。意識が戻った時、辺りは真っ暗で、音の無い、静かな世 界に、私一人、この世に取り残されたように思った。私は、腰のところにボロ布をまとっているだけの裸体で、左腕の皮膚が5センチ間隔で破れクルクルッと巻 いていた。右腕は白っぽくなっていた。顔に手をやると、右頬はガサガサしていて、左頬はねっとりしていた』・・・・ 被爆者は、さまざまな体験を通じて、 原爆で犠牲となった方々の声や思いを胸に、核兵器のない世界を願い、毎日を懸命に生き抜いてきました。・・・・ その被爆者は、平均年齢77歳を超えなが らも、今もって、街を蘇生させた力を振り絞り、核兵器廃絶と世界恒久平和を希求し続けています。このままで良いのでしょうか。決してそうではありません。 今こそ私たちが、すべての被爆者からその体験や平和への思いをしっかり学び、次世代に、そして世界に伝えていかなければなりません。」
 先日、NHKのニュースで、広島市が「被爆体験を語り継ぐ人」を募集し研修を始めたことが報道されました。20歳代の若い人を含む120人余が参加する 研修で、17歳の時被爆した竹岡智佐子さんが体験を語りました。竹岡さんは被爆した3年後に男の子を出産しましたが、生後まもなく亡くなりました。当時医 師からは原爆が原因ではないかと言われました。「生まれて18日目、さっきまでおっぱいをおいしそうにごくごく飲んでくれた。でももう飲めない。口がこわ ばって、目がうつろになってきた。そして流れるお乳も飲まないで息を絶ちました。お医者さんは、これは原爆病ですよ・・・・」と。受講生たちは、被爆体験 の重さを受け継いで語っていくことの難しさを感じましたが、竹岡さんは「若い人たちに、お元気な方たちに語り継いでいただきたい。それが私の願いなんで す。どうかよろしくお願いします」と話されました。被爆体験伝承者は、約3年の研修を経て、2015年度から広島市の原爆資料館を訪れる人たちに原爆の悲 惨さを伝える活動を始める予定です。
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【資料】
第19回IPPNW世界大会声明
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)
2010年8月29日、スイス・バーゼル

バーゼル宣言

 65年前の8月、米国は広島と長崎の上空で世界初の原子爆弾を爆発させた。そして世界は想像もしなかった危機的時代に突入し、未だにそこから解き放たれ ていない。一発の核兵器でひとつの都市を破壊できる。広島級の核弾頭100発で何千万もの人々を瞬時に殺戮でき、地球上の気候を変動させ、飢餓と疫病によ り十億人もの命が失われる。米ロが未だに配備している何千もの核兵器の応酬があった場合、地球そのものが居住不可能な荒廃した土地となってしまう。
 例えば、核兵器が致死性のウィルスで、世界的に蔓延し何億人もの人々が罹患・死亡するほどの威力があれば、世界中の国々が資金を惜しまず提供し、これを 封じ込め、根絶しているだろう。既に天然痘、結核、ポリオでそうしてきた。そして今日、HIV/エイズ、がん、そして新たに出現している病に対して資金を 集結させている。しかし感染症とは異なり、核の脅威は我々自らがもたらした。核兵器は人間が作り出したものである。核兵器のもたらす影響はどのようなウィ ルスよりも恐ろしいものである。しかし核兵器を根絶することは実は容易なことである。核兵器を廃絶するという固い決意とその決意を結末まで見届ける強い意 思さえあればよいのだ。
 IPPNWは、地球上の気候への壊滅的な影響を防ぐ必要性と並んで、世界中の核兵器廃絶が現在の我々の最も緊急な健康と安全保障上の優先課題であると信 じている。赤十字国際委員会(ICRC)、世界保健機関(WHO)、世界医師会(WMA)などの国際的医療保健機関と各国の医師会が、核兵器の廃絶こそが 核兵器の使用を防止する唯一の確かな方法であるという我々の信念に賛同している。
 核兵器禁止条約(NWC)は、全ての核兵器保有国が自国の核兵器を全廃することを求め、全ての国が将来にわたり核兵器を保有することを禁じている。これ が、我々が招いた人道主義の危機を防ぐ最も効果的で実際的な条約である。化学・生物兵器、対人地雷、クラスター爆弾に対しては既にそのような条約が存在し ている。核兵器も同様にとっくの昔に廃棄され、その脅威が取り除かれるべきであった。核兵器が発明されたことを取り消すことはできないが、核兵器を解体 し、再び使用されないように保障することは我々の力でできることである。
 我々は「核兵器のない世界の平和と安全保障」のために努力したいというオバマ大統領のプラハ演説を歓迎した。それから我々は、核兵器廃絶反対派がこの目 標の達成には何十年もかかると主張するのを耳にしてきた。彼らは、世界がより平和でより安全になるまで核兵器廃絶は見送るべきであると言う。核兵器をゼロ にするという目標は間違っている、そして、核兵器を持つ国と持たない国が存在しても、核兵器は実際に世界の安定と安全を強化するのだと論じる者さえいる。 核抑止力には効果があると一般市民を安心させようとしているのだ。核兵器保有国は核軍縮に関して新たに肯定的な発言をする一方で、国家安全保障を理由に、 これから数十年にわたり何千何百という核兵器を武器庫に保有し続ける計画である。これらの議論はいずれも精査に耐えうるものではない。
 核兵器廃絶はより平和でより安全な世界に向けての重要なステップである。核兵器保有を全ての国でなく限られた国のみに認めれば、核拡散と不安定さを促進 することとなる。それは北アジアや中東の状況を見ると明らかである。核抑止力(これは全市民を焼き尽くすという脅迫の婉曲表現である)に失敗はないと期待 することは幻想に過ぎない。
 核兵器廃絶は議論の余地がないほど正当な目標であり、素早く確固たる速度で進めていくことが必要だ。核兵器のない世界の実現を阻む唯一の障害は強硬な政 治姿勢である。秋葉忠利広島市長と4,000以上の都市の市長は2020年までに核兵器のない世界を実現するよう呼び掛けている。この課題を達成するのに 10年は十分すぎるほどの時間である。IPPNWは平和市長会議とともにこの提案の実現に努力していく。
 原子力エネルギー利用の世界的普及は、原子力産業および核燃料製造に既得の経済的利権を有する政府によって強力に推進されているが、核兵器廃絶にとって 深刻な障害となっている。原子力エネルギーは気候変動問題に対する有効な解決策ではなく、運転過程の全ての段階で健康と環境を危険にさらす。原子力発電所 が核拡散の危険性を内在しているだけでなく、原子炉そのものが攻撃対象となることも問題である。攻撃対象の数は増やすのではなく減らしていくべきである。 加えて、原子力エネルギーで世界のエネルギー需要を満たすのは極めて高額な手段である。IPPNWは、再生可能なエネルギー源の世界的促進、エネルギー安 全保障の強化、化石燃料や原子力に依存しない経済・社会発展の実現を目指す国際再生可能エネルギー機関(IRENA)を支持する。
 何事も実現までには多くの段階がある。我々は米ロ間で締結された新START(新戦略核兵器削減交渉)を控えめではあるが正しい方向への一歩として支持 する。包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効は数年前に実現しているべきであったが、直ちに完了させるべきもう一つの段階である。その他の建設的段階と して、全ての核兵器保有国の先制不使用宣言、米国の戦術核兵器の欧州からの撤去、核分裂性物質の製造禁止、核兵器運搬システムを高度警戒状態から外すこ と、そして、新型兵器やその製造・実験用インフラの近代化プログラムを中止することなどがある。医療を専門とする者も、放射性医薬品製造用の全ての原子炉 を核兵器級の高濃縮ウラン(HEU)使用から低濃縮ウラン(LEU)使用に転換することによって、医療関係でのHEUの商業取引を止める義務がある。これ ら全ての段階は直ちに実行できるはずであり、実行すべきものである。
 しかしこれらは包括的核兵器廃絶協定の交渉に代わるものでもなければ、不可欠の条件でもない。ある特定の兵器規制措置の遅れが、速やかに核兵器ゼロを達 成するという最も重要な目標を妨害することがあってはならない。ここにIPPNWが2007年に核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を立ち上げた理由 がある。ICANの目的は大量殺戮兵器を世界から排除する核兵器禁止条約への市民および政府関係者の支持強化である。
 核戦争はこれまで考え出された中で最も極端な形の武器による暴力である。しかしそれだけではない。冷戦終結以降も、イラク、アフガニスタン、バルカン諸 国、旧ソ連共和国、中東、アフリカ、南アジアおよびラテンアメリカでは戦争や軍事介入により百万人単位で、主として非戦闘員が亡くなった。戦争、犯罪、自 殺、事故に関連した小火器の使用で、毎年、何十万人もの人が死亡し、何百万人もの人が負傷している。さらに、小火器や他の通常兵器の使用が、特に世界で最 も不安定な地域においては、容易に核兵器の使用にエスカレートしかねない。WHOは、暴力は、武器を用いた暴力も含めて、重要かつ予防可能な健康問題と特 定し、根底にある原因をよりよく理解し、効果的な介入を行っていくための公衆衛生面からの取り組みが必要であるとしている。これは今年10年目となる IPPNWの「予防を目指して(Aiming for Prevention)」運動の最終目標である。
 平和、安全保障、そして自由は全ての人々の権利である。これらの権利を世界中に普及させる最も効率的な手段は国連のミレニアム開発目標である。あらゆる 種類の武装暴力は人間の安全保障と発展を脅かすものである。この地球規模の問題の公衆衛生上の側面はほとんど理解されていない。意図的な暴力による傷害や 死亡の割合は高いが、それを低下させるため、我々はあらゆる社会階層において予防政策を支持する、行動重視での調査、教育そして唱導を行っていく必要があ る。IPPNWは健康と開発は切り離せないものであると認識しており、「武装暴力と開発に関するジュネーブ宣言」を早い時期から支持している。この宣言 は、2015年までの武装暴力による世界の負担の測定可能な低減、人間の安全保障における具体的成果を求めている。
 我々はIPPNW設立30周年およびノーベル平和賞受賞団体としての25周年を記念するため、バーゼルでの「第19回IPPNW世界大会」に参集した。 IPPNWは我々の最優先事項である世界から核兵器を排除すること、そして集団安全保障を提供する手段としては時代遅れで非効果的であり、人道に値しない 方法である戦争を防止することを今再びここに誓う。

(原文:英語、翻訳:広島県医師会事務局)

税と社会保障の一体改悪に反対★このまますすむと困っちゃう人々の会

7月18日の夕方、首相官邸前で「毎週水曜日 総理にお届けします ハートフルなスタンディングアクション」が行なわれました。長いネーミングですが副 題は「えっ!?このまますすんじゃっていいの?消費税増税?生活保護改悪?社会保障切り捨て?~総理!私たちの声を聞いてください!~」です。
 最初にスピーチをされたのは、反貧困ネットワークの代表で弁護士の宇都宮健児さん。タレントの家族が生活保護を受給していたことに端を発して、マスコミ などで生活保護に対するバッシングがされ、生活保護制度が改悪されようとしていることについて抗議の声をあげました。首都圏生活保護利用者有志の人たちが 「生活保護制度は私たちの生存(くらし)を守る大切な制度です」とこもごもお話しをされました。また、消費税増税法案と社会保障費の削減を志向し、憲法 25条の生存権を踏みにじる「社会保障制度改革推進法案」の審議が参議院で始まる中で、田村智子議員(日本共産党)が廃案にむけて奮闘する決意を話されま した。
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2012年7月17日火曜日

「さようなら原発10万人集会」に17万人集まる

7月16日、東京・代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」は、猛暑の中にもかかわらず、17万人もの人々が集まり、正午から歩行者 天国になった道路も埋めつくし、「原発再稼働反対」「原発ゼロ」の国民世論を大きくアピールしました。この集会の呼びかけ人は、内橋克人さん、大江健三郎 さん、落合恵子さん、鎌田慧さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さん、辻井喬さん、鶴見俊輔さんと先日幕張メッセで開かれたフェス「NO NUKES 2012」の発起人・出演者の坂本龍一さんです。
 私は、10時半頃会場に着き、第2ステージでリハーサル中の、アイドルグループ制服向上委員会の「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を聴いた後、原宿駅方面の第4案内カー前に行って、福島原発の被災者を支援する弁護士さんのお話などを聞きました。
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 12時に職場の仲間と待ち合わせの場所に行き、千代田線代々木公園駅方面から押しよせる人波を眺めていたら、「全労連新聞」号外が配られました。ここで は紹介しませんが、1面も2面もなかなかいい企画です。13時半から新宿中央公園までの2.7キロメートルのパレードを歩きました。いつもならそんなにバ テることはないのですが、とにかく猛暑が厳しくて、ペットボトルの水も出発前に飲みつくしてしまい、パレードの後半は声が出ませんでした。 (>_<)
 解散地点で、「しんぶん赤旗」号外が配られ、蟻が群がっているように人々が写っている上空のヘリコプターからの写真、横断幕や手作りの団扇を持って生き生きとした表情の女性や親子連れの写真などを楽しむことができました。DSC00191.jpg

2012年7月7日土曜日

教育の統制と公務員バッシングを考える

今週は、東京・石原都政下の学校における「国旗・国歌強制」及びトップダウンの教育改革の問題、橋下大阪市長による公務員バッシングと大阪「教育基本条例」「職員基本条例」の問題を考える2つの催しがありました。
 ひとつは、7月6日、東京「エデュカス東京」で開催された「橋下・『維新の会』のねらいを暴く交流集会」(主催:全労連・大阪労連・自治労連・全教)で、130人が参加しました。
講演は、小森陽一さん(東京大学大学院教授)の「『条例案』が示した橋下氏の人間観、政治観」、野田正彰さん(前関西学院大学教授)の「危険な政治家、 『ハシズム』の特徴と危険」、西谷敏さん(大阪市立大学名誉教授)の「橋下市政と公務員労働者」が行なわれ、橋下「維新の会」が、職務命令と厳罰によって 公務員の権利と教育の自由を奪い、競争主義で労働者を分断して、学校や自治体を社会的統制の道具にしようとしていることが浮き彫りになりました。続けて大 阪市労組、大教組、国公労連をはじめ公務員労働者の権利侵害とたたかう労働組合から、くらしと福祉・教育の切り捨てを許さない運動の発展と市民との共同の ひろがりについて報告がありました。
 私が印象に残ったことは、西谷さんのお話しのなかで、労働者の権利を侵害する条例は憲法違反だと追及しても、橋下氏はそれを何とも思っていないこと、市 民の一部にも「職務命令に従うのは当たり前だ」とその違法性を問題視していないことにふれ、憲法が保障する基本的人権は、長い歴史のなかで、(暴君の独裁 や資本家の横暴に対抗して市民・労働者が)勝ち取ってきた尊いものであり、その精神をしっかり身につけていく必要があるということです。
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 もうひとつは、7月4日、東京「弁護士会館」で開かれたシンポジウム「学校に心の自由はあるのか」(主催:東京弁護士会・日本弁護士連合会)です。
 シンポジウムのパネリスト渡部謙一さん(都留文科大学)は、都教委が都立高校の入学式・卒業式に「国旗掲揚・国歌斉唱」の細部にわたり校長に職務命令を 出させて、それに従わないものを処分するといった強権的な教育行政の実態とそれによってもたらされた教育現場の苦難について、太田健義さん(弁護士)は、 大阪・門真三中「君が代」不起立処分取消訴訟の裁判の経過と東京の裁判における最高裁判決の問題点について、尾木直樹さん(教育評論家)は、教職員や公務 員へのバッシングが強まるなかで市民とつながることの必要性と子ども・青年の人権感覚を育てる教育実践の課題について話されました。
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2012年7月1日日曜日

最高裁は「表現の自由」を守れるか

表題は、6月30日に東京・「星稜会館」で開催された「6・30国公法弾圧事件シンポジウム」のタイトルです。このシンポジウムには、370人が集まりました。
 国公法弾圧事件とは、国家公務員が休日に職務と関係ない地域で日本共産党のビラを配布したことが、政治活動を禁止している国家公務員法違反であるとして逮捕、起訴された二つの事件のことです。
 講演は、ジャーナリストの青木理(おさむ)さんが「公安警察の言論弾圧の実態」、続いて憲法学者の青井未帆さんが「国公法事件が『憲法』に問いかけるもの」を話され、その後、弁護士の加藤健次さんを加えてパネルディスカッションがおこなわれました。
 青木理さんは、公安警察が、共産党員を陥れるためにさまざまな違法捜査を隠れて行なっていること、刑事ドラマにも出てくる「裏の管理官」がその指揮を執っていることなどを赤裸々に話しました。
 青井未帆さんは、最高裁の判例になっている「猿払判決」の問題点に触れながら、基本的人権である「表現の自由」は国家公務員であっても尊重されなくては いけないこと、ビラ配布は社会一般にとって大切な表現手段であり、その自由は保障されなくてはいけないことを話されました。
 シンポジウムの最後に、裁判をたたかっている堀越さんと宇治橋さんが、無罪判決、違憲判決を勝ち取るためにたたかう決意を表明されました。
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